自動ブレーキシステムで事故の可能性が増える?「リスク補償」という意外な落とし穴

車の技術
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最近では、自動ブレーキが標準装備となっている車が多く発売されています。
その影響もあってか、近年は毎年のように交通事故死亡者数が減少し、統計開始以降最小を更新し続けています。

ただ、それでも、高速道路渋滞中の追突事故や玉突き事故は依然としてなくなる気配がありません。

実は、自動ブレーキなどの先進技術が、逆に事故を導いてしまうことがあり得るということをみなさんはご存知でしょうか。

そこで、今日は、自動ブレーキ搭載車の普及が導く意外な落とし穴についてご紹介したいと思います。

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自動ブレーキで事故が減る?

休日は高速道路はどこも大渋滞です。
そんな渋滞の高速道路では、退屈しのぎについつい携帯やスマホをいじりながら運転してしまったりするものです。

ただ、スマホに気をとられすぎて、前の車が停止したことに気付かず、危うく前の車ぶつかりそうになるなど、ヒヤッとした経験をしたことがある人も少なくないと思います。

そんな時につい期待してしまうのが、自動ブレーキシステムです。

自動ブレーキシステム搭載車に乗っても事故を起こすという衝撃事実

自動ブレーキシステムは、スバルが「アイサイト」という名前で全車一斉搭載したことから一気に普及し、現在ではどのメーカーも高級車から小型車、軽自動車まで幅広く搭載してきています。
この記事を読まれている方の中にも、事故への不安から自動ブレーキ搭載車を購入されたという方がきっといるのではないでしょうか。

ただ、自動ブレーキ搭載車に乗っても事故を起こす可能性が低くならない可能性があるのです。

2013年頃からぶつからない車ブームが起きていた!?

2013年、世間では「ぶつからない車(自動ブレーキシステム搭載車)」がブームになっていました。

電通総研が全国の20~69歳の男女1000人にインターネットで行った「消費者が選ぶ2013年の話題・注目賞品ランキング調査」では、5位に「車の衝突防止支援システム」が入っていました。(1位:東京スカイツリー、2位:ハイブリッドカー、3位:スマートフォン、4位:ロボット掃除機)

また、三井住友銀行グループのSMBCコンサルティングが行った2013年の「ヒット商品番付」でも、「ぶつからない車」が前頭3枚目に入っています。

さらに、英会話学校のGabaの調査結果によると(なぜGabaが、こんな調査をしているのか分かりませんが)、「ビジネスパーソンが2014年に流行ると思うもの」の堂々1位に「ぶつからない車」が選ばれました。
これらは、交通事故を未然に防ぐための技術として、多くの人が期待した結果と言えます。

しかし、最初に言ったとおり、「ぶつからない車」に乗っても事故を起こす可能性は必ずしも低くならないのです。
それはどういうことでしょうか。

その理由をご説明する前に、一体どういうことが原因となって交通事故が起きるのかを見てみましょう。

交通事故の多くはドライバーの不注意が原因

それでは、現在の日本における交通事故の状況を警察庁の資料で確認してみましょう。
2013年に起きた交通事故のうち、その原因として多いものから並べてみます。

1位:安全不確認 30.6%
2位:脇見運転 16.8%
3位:動静不注視11.4%
4位:漫然運転 7.9%
5位:運転操作不適 7.1%

1位の「安全不確認」は、減速や一時停止をしたにも関わらず、安全確認が不十分なために相手当事者を見落としたり、その発見が遅れたことが事故の決定的原因になった場合をいいます。

2位の「脇見運転」は、携帯電話を操作していたなど、運転操作以外の動作を伴った前方不注意が事故の決定的原因になった場合をさします。

3位の「動静不注視」は、相手車両の存在をあらかじめ認識をしていたものの、いまだそれが事故に結びつく具体的な危険はないものと判断して、相手車両の動静の注視を怠った結果、事故にいたったような場合をさします。

4位の「漫然運転」は、いわゆる「ぼんやり、うっかり」状態など、心理的・生理的な要因によって生じるドライバー自身の運転操作以外の動作を伴わない前方不注意が事故の決定的原因になった場合をいいます。

5位の「運転操作不適」は、危険または危険のおそれがある状態を認識し、それを回避するためにハンドルやブレーキを操作したが、その操作が不適切であったり、遅れたことが事故の決定的原因になった場合をさします。

1位〜5位まで、どれももし自動ブレーキ搭載車に乗っていたら防げる気がします。

では、本当に自動ブレーキ搭載車に乗れば、これらの交通事故は減るのでしょうか。

安全性を引き下げる「リスク補償」とは?

実は、いくら自動車メーカーが「アイサイト」のような安全性を高める装置を作っても、それを使う人間が安全性を引き下げてしまうということが起こり得るのです。

これを「リスク補償」といいます。
「リスク補償」とは、新たな技術開発によってリスクが低下したとしても、それを埋め合わせるように人の行動が変化し、元のリスク水準に戻してしまうこと。
つまり、人間は、従来品よりもリスクが低いモノを利用するとき、リスクを増やす方向に行動を変化させてしまう特性を持っているのです。
それをよく表した例をいくつかご紹介します。

ビーコンや高精度のGPS

1つが、自分の居場所を知らせるビーコンや高精度のGPS。
これらが普及するとともに、従来は危険で誰も近づかなかったような場所に登山家や冒険家が入り、雪崩などの事故にあうケースが増加しました。

低タールたばこ

次に、低タールたばこ。
これに切り替えた愛煙家は、ニコチンの吸収量を確保するために、無意識に深く吸い込んだり、短い時間間隔で吸引したり、煙を肺に長くとどめたりするようになったそうです。

防波堤

また、東日本大震災においても、かなりの人は、ここまでは津波が来ないだろうと思って逃げなかったために命を落としましたと言われています。
住民の判断を謝らせた一因は、立派な防波堤・防潮堤の存在です。

これらのことは、安全装置だけでなく、訓練や経験についても言えます。
例えば、クルマの操縦や、スキーや、楽器演奏の技能が向上しても、ミスをおかす可能性はそれほど低下しません。
自信は過信につながり、失敗を生むのです。

このことをある学者は、「リスク・ホメオスタシス理論」という理論で説明しています。
このホメオスタシスのメカニズムの中で特に重要な点は以下の二つ。

⑴どのような活動であれ、人々がその活動から得られるであろうと期待する利益と引き換えに、自身の健康、安全、その他の価値を損ねるリスクの主観的推定値をある水準まで受容する。
⑵人々は健康・安全対策の施行に反応して行動を変えるが、その対策によって人々が自発的に引き受けるリスク量を変えたいと思わせることができない限り行動の危険性は変化しない。
(参照:事故がなくならない理由(わけ): 安全対策の落とし穴 (PHP新書)

リスクをとることは利益につながる。
だから、人々は事故やリスクをある程度受け入れるのです。
安全対策で事故が減った場合、人々はリスクが低下したと感じ、その分のリスクを受け入れ、ベネフィットを求める。

したがって、少しでも早く目的地に着きたいと思いながら運転していたり、運転しながら電話をしたり、テレビを見たり、メールを打ったり、カーナビを操作したりする人たちにとっては、安全装置は安全性向上ではなく、自分たちの行いたい行動の目的に利用できる便利な装置に過ぎないのです。

ぶつからない車に乗っていても事故は起こる

自動ブレーキシステムを搭載した「ぶつからない車」も例外ではありません。
『今自分は「ぶつからない車」に乗っている。
だから、少しくらい脇見運転をしても大丈夫だろう。』 そういう意識で運転する人が増えてしまったのならば、当然事故が減ることはありません。
実際に、「ぶつからない車に乗っていたのに、ぶつかった。」という声がネット上に溢れています。

忘れてはならないのは、「ぶつからない車」といっても、車が常に完全に安全を担保してくれるわけではないということ。

主体的に運転するのはあくまでもドライバーであり、システムはそれを支援するだけ。
スバルのCMでも最後に「EyeSightはお客様の安全運転を前提としたシステムです。道路・天候等の条件によっては衝突を回避できず、減速による被害軽減になる場合があります。」 と出ますから。

せっかくこんなに素晴らしい技術ができたのですから、私たちはこれによって低下した事故のリスクを埋める行動をとるのではなく、これまでと変わらずに安全運転を心がけるようにしたいものです。
そうしないと「ぶつからない車」に乗っても事故を起こす可能性は低くならないのですから。

とは言え、冒頭でもご紹介したように、近年は交通事故による死亡重傷者の数は年々減っています。
今後自動運転技術のさらなる発展によって、このまま事故が減り続けることを期待したいものです。

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